2017年01月10日

認知症患者の介護者の損害賠償責任についての判例紹介

こんにちは。


スマイル相続センターです。


新年1回目のコラムは、責任無能力者の監督義務者に対する損害賠償請求の重要な判例を紹介します(最判平成28・3・1)。まずは、事案を確認してみましょう。


【事案】
認知症にり患しているAさんは、日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られるとして、要介護認定4を受けながら、家族の下介護生活を送っていました。ある日Aさんは、自宅から抜け出し、駅まで行ってしまい、駅のホーム下に降りたところ、X社の電車にひかれるという事故が発生しました。
X社は、この事故により列車が遅延し、損害を被ったと主張し、Aさんの遺族である妻のY1さん、息子のY2さんらに対して、Aさんの監督義務を怠った等の理由で、損害賠償請求をしました。X社の請求は認められるでしょうか。


この事案を見てどう思うでしょうか。X社は、遺族に対して損害賠償請求をするなんて酷いと思うでしょうか。感情論としては、その通りと言いたいところですが、法律の規定ではこんな場合でも損害賠償請求はできるので、法律論から今回の事案を考えてみましょう。


まず、民法の規定から確認しますと、民法709条は不法行為に基づく損害賠償請求を認めています。ざっくり説明すると、違法な行為を行った者は、損害賠償責任を負うと思ってもらえれば十分です。
もっとも、この民法709条の損害賠償責任は、不法行為(違法行為)時に責任能力を有していた者しか負いません。責任能力とは、自己の行為の法律上の責任を弁識するに足りる知能をいうとされています(大判大正6・4・30)。
さて、今回のAさんはどうなのかといえば、平成28年判例はAさんが責任無能力者であることを肯定しています。認知症のため、自己の行為の法律上の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったと考えているわけです。
とすると、Aさんが民法709条の損害賠償責任を負わない以上、誰も責任を負わないのでしょうか。


民法は、このような場合に備えて、今度は民法714条によって、責任無能力を監督する者に対しての損害賠償請求を認めています。
民法714条1項によれば、責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負うとしています。


前置きが長くなりましたが、平成28年判決の論点は、Y1さんとY2さんは、「法定の監督義務者にあたるかどうか」という点です。
判例の考えを確認してみましょう。


まず、民法714条1項の監督義務者について、法令の規定を考慮すると、精神障害者の保護者(現在は法改正により廃止)や成年後見人であることだけでは、直ちに法定の監督義務者に該当することはないとします。
そしに、夫婦間においては、民法752条は,夫婦の同居,協力及び扶助の義務について規定しているものの、「これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって、第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく、しかも、同居の義務についてはその性質上履行を強制することができないものであり、協力の義務についてはそれ自体抽象的なものである。また、扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとしても、そのことから直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると、同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできず、他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たら」ず、「精神障害者と同居する配偶者であるからといって、その者が民法714条1項にいう『責任無能力者を監督する法定の義務を負う者』に当たるとすることはできない」とします。


本件についてみると、Y1さんは、事故当時Aさんの保護者でもあり、妻でもありましたが、上記の民法714条1項にいう監督義務者にはあたらないとします。
また、Y2さんもAさんの息子ではありますが、監督義務者にあたるとする法令上の根拠はないとします。


もっとも、判例は、監督義務者に準じる者については、民法714条1項を類推適用し、損害賠償責任を負う場合があるとして、監督義務者に準じるかどうか、以下のような基準を述べます。
「ある者が、精神障害者に関し、このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは、その者自身の生活状況や心身の状況などとともに、精神障害者との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情、精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。」


これを本件についてみると、Y1さんについては、Aさんの妻で、長年同居しており、Aさんの介護をしていたものの、本件事故当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており、Aさんの介護もY2さんの妻Bさんの補助を受けていたため、Aさんの第三者に対する加害行為を防止するために、Aさんを監督することが現実的に可能な状況にあったとはいえないとして、監督義務者に準ずる者にはあたらないとします。
そして、Y2さんについても、Aさんの長男であり、Aさんの介護に関する話合いに加わり、妻BさんがAさんの介護を補助していたものの、Y2さんは、本件事故まで20年以上もAさんと同居しておらず,本件事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末にAさん宅を訪ねていたにすぎないので、Y2さんもまた、Aさんの第三者に対する加害行為を防止するために、Aさんを監督することが可能な状況にあったということはいえないとして、監督義務者に準ずる者にはあたらないとします。
したがって、Y1さんとY2さんはX社に対して損害賠償責任を負わないということになります。


以上確認してきたように、平成28年判例は、Y1さんとY2さんの損害賠償責任を認めませんでした。認知症患者の介護が大変なものであることは、社会共通の認識としてあると思いますので、結論としては、納得する方も多いのではないでしょうか。
しかし、平成28年判例の事案では、原告X社は鉄道業を営む大会社であったので、損害賠償責任を認めなかったとしても、そこまでの経済的負担にはならないといえますが、損害を受けたのが個人であった場合にはどうでしょうか。
例えば、責任無能力である認知症患者が、車を運転して、ある世帯の主たる生計維持者である者をひいてしまい、その者が死亡した場合、当該認知症患者の介護者や成年後見人等が全く損害賠償責任を負わないとすると、遺族にかかる経済的負担も大きく、到底納得しえないでしょう。


そういった意味では、平成28年判例は、認知症患者等の介護をする者等の損害賠償責任をかなり限定したことは評価できますが、一方で、損害を受けた者の救済の範囲を狭めることにもなりかねません。今後、例にあげたような事例で争いになった場合、判例がどのような結論を下すかに注目したいと思います。


皆様が笑顔でいられますように。


代表 長岡

  • ワンコイン(500円)「相続・遺言」相談会

    ワンコイン(500円
    2018/11/06更新

  • 平日仕事で相続の相談に来れない方へ 土日無料相談会 開催のお知らせ

    平日仕事で相続の相談
    2018/10/28更新

  • 行政書士に聞く!相続・遺言 無料相談会開催のお知らせ

    行政書士に聞く!相続
    2018/10/22更新

  • 告知!! 無料相談会 開催のお知らせ ※追記あり

    告知!! 無料相談会
    2018/10/11更新